会社の検診や人間ドックで肝機能異常を指摘された方、ご家族で経験された方も多いかと思います。今日は『肝機能が悪いと言われたら』どうしたらいいか、どのような疾患を考え、検査を受けるのかをお伝えしたいと思います。肝臓は『沈黙の臓器』といわれており、自覚症状が出にくい臓器です。検診や人間ドック受診者のほとんどは健康な方になります。ご自分は健康だと思っている方でも、『肝機能が悪い、低下している』、いわゆる肝機能異常を指摘さる方が多くみえます。日本病院学会の全国人間ドック調査によると肝機能異常を指摘される方は、1984年には10%以下でしたが、2012年には30%以上に上昇しているとのことです。一方、検診異常を指摘されていても、少しの異常だからと自己判断をされ受診をしない方、また定年退職後、検診やドックを受ける機会がなく、病院にもかかることがない方で、病状が進行してから受診される方が多いのも現実です。
私たちは肝臓の病態を把握するために大きく3つの項目で考えます。
- 肝細胞の壊死・変性(いま肝細胞がどの程度壊れているか)
- 肝細胞の機能障害(いま肝臓の働きがどのくらい悪くなっているか)
- 胆汁のうっ滞(肝臓でできる胆汁の流れがどのくらい悪くなっているか)
です。
- まずは肝細胞がどの程度壊れているかをみるAST,ALTです。これらは肝細胞の壊死・変性を表します。
AST、ALTは肝細胞の中に存在するたんぱく質の一種で、肝細胞の中で酵素の働きを持っています。正常の方では血液中にはわずかな量で、正常上限は30前後で設定されています。肝細胞が破壊されるとこれらの物質が血液中に流出し数値が上昇してきます。中でもALTは主に肝細胞の中に含まれるため、この数値の上昇はその時点での肝細胞が破壊されている量を反映します。古い肝細胞は定期的に壊れて新しい細胞に入れ替わっていので、ALTは正常の範囲で推移します。しかし急激に壊れればALTは急上昇し、1000〜数千のもなります。また慢性的に壊れていれば正常を超えた値、30〜200前後で推移されることが多いです。
- 二番目に、いま肝臓の働きがどのくらい悪くなっているか、肝細胞の機能障害を示すものとして、アルブミンやコリンエステラーゼ、血液凝固因子などがあります。肝臓で作られているたんぱく質で、肝機能が悪くなるとこれらの物質が作られなくなるため低くなります。
- 三番目に胆汁の流れがどのくらい悪くなっているかを示す、胆汁のうっ滞です。肝臓には肝細胞以外にも胆汁の通路である胆管があります。胆道系の病気によっては、胆管内に多く存在するたんぱく質である、ALPやγGTPが上昇します。黄疸のもとであるビリルビンは赤血球が壊れた際にでるゴミのようなもので、肝臓で代謝され胆汁中に分泌され処理されます。肝細胞の変性や壊死でも、肝細胞機能障害でも、胆汁のうっ滞でも増加します。
肝機能を見る血液検査は多くの項目があり、必要に応じて組み合わせて検査を行い、その病態の把握をおこないます。検診で血液検査をしているといってもすべての検査を行っているとは限りません。
急性肝炎などの急性の肝臓疾患では、発熱、吐き気、黄疸、全身倦怠感など強い症状が出て入院になることがありますが、検診などで見つかる慢性の肝臓疾患はほとんどが症状はなく、あってもごく軽度であり、検診ではじめて肝臓が悪い事に気がつくことが一般的です。いままでに挙げた検査値のいずれかが異常値であれば、何らかの検査が必要になります。
検診やドックで肝機能が悪いといわれたら、かかりつけ医や最寄りの医院、病院で、原因を検索することをお勧めします。
前回は肝機能が悪いと言われたら、程度にかかわらず、一度は医師に相談していただきたいという内容をお伝えしました。今回は、B型肝炎、C型肝炎についてお話させていただきます。
肝機能障害の代表的な原因は
- ウィルス性肝障害
- アルコール性肝障害
- 脂肪肝
が挙げられます。このうち全体の約8割を占めるのが、ウィルス性肝炎で、B型肝炎、C型肝炎です。肝炎ウィルスの血液検査で診断可能です。すでに診断され通院されている方は定期的な検査があるかと思いますが、かつて指摘されたけれども自覚症状がないため放置されている方、肝機能が正常のため放置されている方の中には、定期的な検査が行われておらず、残念ながら、病気が進行した状態で受診される方も見られます。B型肝炎、C型肝炎を診断し、治療する理由は、肝硬変への進行と、引き続いて起こる肝細胞癌の発症を防ぐことが最終の目標になります。
- C型肝炎について。
1991年よりHCV抗体の測定による診断が可能になり、1992年にインターフェロン単独療法が承認されて以来、各種治療法が開発され、その有効率(ウィルスが持続的に陰性となるウィルス学的著効)は5-8%の時代から、90%近くまで向上しました。ウィルスを排除することで肝硬変への進展、肝細胞癌の発症をおさえることにつながっています。現に、肝細胞癌の死亡率は男女ともに1990年後半より減少に転じています。これまでの治療法はインターフェロンとリバビリンを含む治療法であり、副作用の問題で治療ができない患者さんが多くみえました。現在、経口の抗ウィルス薬のみによる治療法が承認され、これまでインターフェロン治療ができなかった患者さん、効果が得られなかった患者さん、代償性肝硬変(安定した肝硬変)の患者さんで高い抗ウイルス効果が確認されています。治療薬の開発は続いており、今後、より安全性が高く、短期間での治療が行えるようになることが期待されています。高齢者や線維化進展例では次の治療を待っている間に癌ができる可能性が高いため、より早期に最善の治療をうけていただくことが大切です。
肝機能が正常であってもウィルスが存在すれば抗ウィルス療法の適応にあります。その適応についてはかかりつけ医や肝臓専門医での相談することをおすすめします。
- B型肝炎について。
肝細胞癌の約1割がB型肝炎関連です。B型肝炎は主に母子感染で感染し慢性肝炎にいたることが一般的です。母子感染によるキャリアの方は全人口の約1-3%であり、1985年以来、母子感染防止事業により一定の成果が得られています。
成人では主に性交渉で感染し、急性肝炎を発症します。しかし、型によって約10%で慢性肝炎になることもわかっています。HBs抗体ができた、急性肝炎で治癒したとされている方、不顕性感染(知らない間に発症し、治っている)の方では臨床的に治癒とされていますが、肝細胞の核の中にはウィルスが残っているということがわかっています。いわゆる既往感染者(全人口の約2-3割)でも高度な免疫抑制状態では冬眠していたウィルスが再び暴れだす、再活性化が問題となっています。癌に対する抗癌剤治療、特に血液癌であったり、関節リウマチなどの自己免疫疾患での免疫抑制療法やステロイド治療時に、キャリアの方はもとより、過去に感染し治癒した状態とされる既往感染の方が、B型肝炎ウィルスが再度悪さをしだす、再活性化にも注意が必要です。
B型肝炎もC型肝炎同様に肝硬変への進展、肝細胞癌の発症を防ぐことが治療の基本になります。多くの方は経過観察のみで治療にまで至らないですが、ALTが31以上で、ウィルス量が4以上の慢性肝炎では何らかの治療が必要とされています。治療法としては患者様の年齢に応じてインターフェロン療法と核酸アナログ製剤があります。これらの治療はウィルスを抑え込む治療であり、排除までは至りませんが、肝機能を正常化することで、肝線維化の進展を抑え、肝予備能を保ち、肝癌の発症を抑えることが可能です。
B型肝炎やC型肝炎を指摘されているのに検査をされていない方や、検査を受けたことがない方が今もお見えになります。これらの疾患はもはや抑え込むことができる疾患になってきています。ご自分自身、ご家族、ご友人の中で、通院精査を受けていない方、血液検査を受けたことがない方はぜひ何らかの機会に検査を受けることをおすすめします。
肝臓は沈黙の臓器と言われています。しかしご自分で聞けば(=検査をすれば)、何ら情報があるかもしれません。
肝機能が悪いと言われたら、ご自分で判断なさらず、精密検査をうけるようにしてください。B型肝炎、C型肝炎といわれたら一度肝臓専門医を受診することをお勧めします。